さようなら

京阪1900系の引退が決まったようです。
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2扉特急時代 1971.5-H

先日の熊本で購入したおもちゃの1900系

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さようなら への9件のコメント

  1. とと より:

    楠トシエさんの「淀屋橋から三条へ」の京阪特急の歌が思い出されますねぇ。 おさむさんなら「天満橋から三条へ」の時代かも。

  2. 工房5丁目 より:

    京阪で始めて乗った特急が1900だったように思います。家族で行って、2階建ての方に乗ったので、オリジナルの1900に乗ったとはいえませんが・・・。

  3. 工房5丁目 より:

    3000と間違えました。1900はすでに各停になったのを途中で見ただけでした。

  4. たかはし おさむ より:

    ととさん>
    >おさむさんなら「天満橋から三条へ」の時代かも。
    ★私はそれほど年齢を重ねていません!。

  5. たかはし おさむ より:

    工房5丁目さん>
    >3000と間違えました。
    ★工房5丁目さんでは考えられない間違いですね!。

  6. 吊掛急行A773 より:

    お邪魔いたします。
    ついに引退、ですか。ほんとうに「ありがとう、さようなら」ですね。
    私事になり恐縮ですが、私は「新1900」と同年齢でして、これまでの人生の様々なシーンに、いつも当たり前のように1900系がいましたので、同系への思い入れも強く、引退の報にはジーンと来るものがあります。
    亡き祖父に抱かれて線路際で眺めた「赤い特急」にも、
    塾通いをしていた時の本線普通にも、
    高校への通学で利用した交野線にも、
    浪人中の気分転換(?)に撮影した正月特急にも、
    東京で就職した後の帰阪の折 月曜早朝の帰京に利用した早朝5連急行にも、
    父に孫を抱かせて祖父との思い出の線路際に行った時にも、
    全て、全てに1900系が当たり前のように居ました。
    私は、引退までには沿線はおろか日本にも戻れそうにありませんが、かえってそれで良かったナ、と思えるぐらいに寂しいです。
    (1983年12月の吊掛車引退の日に、とうとう線路際に出向けなかったのと、同じ心境かもしれません。)
    今後、あれこれとイベントもあり、沿線も賑わうことと思いますが、それに関連する事故やトラブルがないことを祈りつつ、静かに、遠くから惜別することにしたいと思います。
    ひたすら私的な思い入れによる情緒的な冗文、失礼いたしました。

  7. ヤマ より:

    私は1700系ハトマーク特急と同年齢です。1900系の特急車としての活躍は10年も走ってないですが、一般車になったのが長く使用された要因かもしれませんね。KS70台車の乗り心地はすばらしいものでした。
    0系も1900系も引退…ですか。

  8. たかはし おさむ より:

    吊掛急行A773さん>
    1900系が2扉特急時代は私は知らないのですが、正月などの臨時特急で走る普通色の1900系は憧れの的でした。そんな1900系の特急も昇圧で無くなってしまいました(リバイバルを除く)。最後の正月運用の3日間は追いかけた覚えがあります。
    そんな1900系も新線開業で廃車となってしまいますが、何とか模型で残したいとは思っています!。

  9. たかはし おさむ より:

    ヤマさん>
    昔の特急車は寿命が短かったですね。
    阪急の2800系しかり、昭和30年代の特急車と呼ばれる車輌は全て短命ですね。まぁ~時代の変化で短くなっているだけだと思いますが。

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